明智憲三郎さんインタビュー

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●(2015年7月25日)新刊を出されました。

明智憲三郎「織田信長 四百三三年目の真実 信長脳を歴史捜査せよ」

●(2015年3月23日)

2015年4月9日(木)から日テレでスタートする「片岡愛之助の解明!歴史捜査」は、明智憲三郎さんの著書をヒントに生まれた番組。初回は19:52からの2時間番組で「本能寺の変」。明智さんも登場する。3月29日(日)13:30~14:00、番組宣伝の放映もある。

「本能寺の変」の謎を情報システム・エンジニアの手法で解明

  「本能寺の変431年目の真実」は、明智光秀の末裔である明智憲三郎さんだから書けたといわれる、入魂の一作だ。明智さんに執筆の動機と、明智流の歴史捜査方法について尋ねた。


 

もともとは「明智」姓ではなかったとか。

そうです、明田(あけた)の姓をずっと名乗っていたようです。曽祖父が伝承品を添えて、明治政府に明智姓への復姓を願い出ました。関東大震災で失われましたが、系図と和歌・笛が伝わっていました。

世間では、明智光秀といえば主君を恨んで殺した謀反人で通っています。祖父も父も兄も明智姓になったことでつらい思いをしました。家では、明智にかかわる話はタブーでした。

 

本を書くきっかけが何かあったのでしょうか。

20代のとき読んだある本にこう書かれていました。「我々が歴史的事実と思っている戦国時代の出来事は、実は江戸時代の軍記物による創作物語だ」と。衝撃を受けました。それからです、「本能寺の変」の本当の真実を知りたいと色々読みあさるようになったのは。ところが、軍記物に依存した内容だったり、メンツや恨みといった三面記事史観だったり、証拠不足だったり、そのうえテレビドラマや小説が1億人の常識になってしまい、失望の連続でした。

10年ほど前、明智光秀の子孫としてテレビインタビューを受けました。「上司にいじめられたぐらいで、戦国の武将たる者、あんな大それたことをするはずはない、もっと別の理由があったはず」と1時間近く話しましたが、枝葉のコメントが番組に使われただけで、がっかりしました。決心したのはそのときでした。これはもう、自分で調べて解明するほかないと。

 

どういうプロセスで執筆にあたられましたか。

 400年以上も昔に起きた「本能寺の変」の真相を解明するなんて到底不可能と思われるかもしれません。しかし、和歌山毒物カレー事件を思い出してください。目撃者はいません。自白もしていません。それにもかかわらず、林被告しか考えられないと有罪判決が下りました。つまり、証拠を積み上げていき、「確か」らしさの度合い、蓋然性を突き詰めていけば、真実に迫れるということです。

 そこで4段階の手順で進めることにしました。

●まず、答えを先に作らない、白紙の状態でスタートする。

●そのうえで、徹底的に史料を集め、洗い直す。

●集めた文献から当時の流れを読み取り、証拠を関連付け、組み立て、時代状況を復元しながら、真実を復元する。

●辻妻の合うストーリーになっているか、答えを検証する。

 30年以上、情報システムのエンジニアとして仕事をしてきました。これは自分がしてきた仕事の手順そのものです。私はこのやり方を“歴史捜査”と名付けました。幸い、条件に恵まれ、答えが引き出せましたが、エンジニアの仕事をしていたからこそ、解明できたと言い切れます。

 

本にするまでどれぐらいの時間がかかっているのでしょう。

一次史料と呼ばれる、同時代の人間が書いた日記や書状、触書。それから、二次史料と呼ばれる、後世の編纂物。それらを徹底的に集めました。思っていた以上に集まり、目を通した文献は10メートルの高さになるほどの量でした。

 3年で骨格ができ、2年かけて書き上げました。2009年プレジデント社から単行本「本能寺の変 四二七年目の真実」を出版しました。その後4年間追跡捜査を行い、バージョンアップ版を文庫本にして2013年「本能寺の変 431年目の真実」のタイトルで文芸社から出しました。ずばり、「本能寺の変」の謎を解いてしまった作品です。

 

「これぞ真実」「正論」と言われる一方、「あり得ない」「奇説」と賛否両論です。

驚くべき真実が判明し、これまでの定説とはまったく違う答えが出ましたからね。

でも、「本能寺の変」をとことん突き詰めて真摯に研究したものがこれまであったでしょうか。どうしても解き明かしたい一心で私は、信ぴょう性のある当時の史料をもとに、根底から研究をやり直しました。

本能寺で信長は何をしようと思っていたのか。光秀は何に悩んでいたのか。家康・秀吉はどうかかわっていたのか…。歴史はつながっています。本能寺の変のあと、どんな歴史があったのかにも注目すべきです。正論か奇説か、ぜひ読んでお確かめいただきたいですね。

 

27万部を更新中です。引きつける要素はどこにあると思われますか。

「真実に至る筋道を追いかけた、まるでミステリー仕立てのような作品」といった感想をいただいています。日本史に残る最大のクーデターの裏側に隠されていた陰謀・密約・罠を暴いた点が評価されていると思われます。

 

本を出されてから、何か変わったことはありますか。

出版後、全国に散らばっている「隠れ明智」の皆さまからご連絡をいただくようになりました。

光秀滅亡後、一族は散り散りバラバラになり、身分を隠して生きてきました。苗字を変え、口伝のみで明智一族であることをひそかに伝承してきた家系の子孫が集まり、昨年「明智一族伝承の会」を発足させました。失われてしまわないうちに、家々がひそかに伝えてきたことを文字にして残していきたいと思っています。

 

このあと何か書かれる予定はおありですか。

本を1冊書いたことで打ち止めにするつもりはありません。歴史捜査はまだ続いています。信長は光秀を瞬く間に引き上げ、重用しました。そして信長は最後まで光秀の謀反を疑っていませんでした。それほどまでに光秀を信頼し重用した理由はなんだったのか…。光秀の前半生が関わっているように思えます。この疑問が解ければ、真相をさらに深められるような気がします。調べた成果を出版したいと思っています。

20141014

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20157月新刊を出されました!

明智憲三郎「織田信長 四百三三年目の真実 信長脳を歴史捜査せよ」

幻冬社 1296円(税込) Amazonで購入できます


明智憲三郎「本能寺の変431年目の真実」

201312月発行 文芸社文庫 778円(税込)

Amazonで購入できます


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愛用のカメラとICレコーダーです
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