三光神社「真田まつり」

 2016年の今年はNHK大河ドラマ「真田丸」放映の年。

例年より格段バージョンアップして開催。

開催は11月6日(日)。まつりの概要はこちら 

2016年「ねぶた 真田幸村」除幕式とまつりのレポートはこちら

左)2016年「真田まつり」の要項

上)三光神社鳥居


 

11月3日、三光神社「真田まつり」

1年に1度の「真田の抜け穴」開放の日

 

来年再来年は「大坂の陣」から400年。大阪市は大阪城公園を中心に「大坂の陣400年天下一祭」を開催。天王寺区は「天王寺 真田幸村博」を開き、華やかなイベントが予定されています。

 来年、「真田幸村」が爆発的な人気を集めるのは間違いありません。幸村ゆかりの場所も大いに注目を浴びるでしょう。

 玉造にある三光神社には真田幸村の甲冑像があり、その隣には「真田の抜け穴」があります。幸村ファンなら一度は訪ねたい聖地です。

 

その三光神社で、(2013年)113「真田まつり」が行われます。

最大の見どころは「真田の抜け穴」の開放。大坂城と真田丸を結んでいたといわれる地下通路。普段は鍵がかかっていて、鉄格子を通してしか見られませんが、1年に1度この日に限り、抜け穴を直接見ることができます。このチャンスを逃してなるものかと、幸村を慕う人たちが遠方はるばるやって来ます。

 


幸村が勝利したのは玉造だけ

勝ち運にあやかれる「真田まつり」

 

 「真田まつり」は真田幸村の勝利を讃えるお祭り。

長野や和歌山など幸村ゆかりの地は全国各地にありますが、玉造がほかと違うのは、ここで幸村が勝利した、非常にめでたい場所だということ。

豊臣と徳川の合戦「大坂の陣」では各地で小競り合いや戦闘が繰り広げられました。木津川口・鴫野・野田・福島・八尾・若江・道明寺…。しかし、大きな勝利を挙げたのは唯一、真田幸村が玉造に築いた「真田丸」での攻防戦のみです。

その勝ち運にあやかれるのが「真田まつり」です。

 

2013年「真田まつり」
2013年「真田まつり」
幸村像、その左に「真田の抜け穴」
幸村像、その左に「真田の抜け穴」
「抜け穴」は普段はこの状態
「抜け穴」は普段はこの状態

“抜け穴”を直接見られる

試着用の子ども甲冑を新調

 

今年の「真田まつり」の内容ですが、

10時から「戦勝式典」

三光神社の宮司、小田禮五郎さんが戦勝式の祝詞をあげ、役員の方々が玉串奉奠(ほうてん)。

1015分頃から14時半

 抜け穴をお祓いして清めたのち、鍵を開けて「抜け穴開放」。穴の内部から照らしますので、外からしっかり眺められます。

併せて、境内で「子ども甲冑試着体験」を。

真田といえば、幸村の赤揃え隊。三光神社では赤色の甲冑を大人用と子供用の両方揃え、普段は拝殿にディスプレイしています。大人用の甲冑は安居神社の奥様が作られたもの。子ども用はマニアの方のお手製。譲り受けた2つを、参拝の方々に見てもらえるように並べて飾っています。 

その2つとは別に、今年は「真田まつり」のために、子ども用の甲冑一式を5組新調。真新しい甲冑を身につけたお子さんを自由に撮影できます。

また、舞台ではオカリナ演奏もあります。

(当日の様子はこちら

 

新しく作った「子ども用の甲冑」、今年はこれを試着できます

 

三光神社 真田まつり 子ども甲冑を新調
小学校低学年までが対象
拝殿には2つの甲冑が並べられている
拝殿には2つの甲冑が並べられている
マニアの方が作った子ども甲冑
マニアの方が作った子ども甲冑
安居神社の奥様の作品
安居神社の奥様の作品

三光神社オリジナル兜

 三光神社オリジナル兜

 兜の家紋が真田山小学校の校章。つい最近できあがってきた三光神社のオリジナル兜です。

 宮司さんは今、これを手本にご自分で兜を作っているそうです。来年の「大坂冬の陣」イベントでお目見えする予定。乞うご期待!



抜け穴の施錠はいつから?

少年たちのいたずらが原因?!

 

それにしても、抜け穴になぜ鍵がかけられることになったのか、それはいったい、いつ頃からか…。

というのも、抜け穴は出入り自由な状態がずっと続いていたからです。子どものころ「抜け穴の中に入ったら出て来られない、死んでしまう」とコワい噂がまわっていました。もちろん、まったくのデタラメですが、なんか信憑性が感じられ、臆病な私などは、抜け穴を見るたび、ひやっとしたものです。

 

 地元ならではの裏話を耳にしたのが、1ヵ月ほど前のこと。ある女性と話していたら、思いがけない逸話が飛び出しました。「三光神社が抜け穴に鍵をかけたのは、同級生の男の子たちのいたずらのせい」

 彼女が小学校3年生のとき、男の子たちは抜け穴を基地と呼んで、よく遊んでいたそう。ある日、懐中電灯を持ち込んで夕方遅くまで、穴の中で遊んでいたのを、先代の宮司さんに見つかって、こっぴどく叱られた。あろうことか、おまわりさんまで駆けつけた。「おまわりさんは『はよ(早く)帰りよ』と言っただけで許してくれたと聞きました」。

1年後、抜け穴には鉄格子がはめられ、鍵が付けられていました。それを見て、「あのいたずらのせいだ」と言い合ったそうです。

 「逆算すると、今から40年前になりますね」

 

 この話を宮司さんに確かめたところ、「昔は子どもらが抜け穴を遊び場にしていたので、しょっちゅう叱り飛ばしていたし、ルンペン、今のホームレスやね、抜け穴に住み着いて難儀したこともあった」

「あれこれ頭を悩ませていたときに、人間国宝になられた桂米朝さんが取材で来られて『抜け穴をあのままにしてたら、あかん。きちんと管理したほうがいい』と助言を受けた。それで、鍵をかけることになったん。今から40年ほど前の話になるかな」

 鍵がかけられたのは40年前で間違いないよう。

左が宮司さん、その隣が米朝さん
左が宮司さん、その隣が米朝さん

 因みに、当時、男の子から聞いた話では「抜け穴はまっすぐ進むと、左に曲がり、穴はずっと奥まで続いていた。でも、子どもの感覚ですから、どこまで本当かわかりませんけど」とくだんの彼女。

 地元にはこうした話がまだまだありそうです。

 

真田まつり

【日時】113日(日)10時~14時半

【場所】三光神社  

(2013年の様子はこちらご覧ください)

2013年10月30日取材)

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三光神社

大阪市天王寺区玉造本町14-90

Tel 06-6761-0372

JR玉造駅から徒歩約8分

地下鉄長堀鶴見緑地線玉造駅2番出口から徒歩3分


玉造の最寄駅

JR環状線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造元町1-40

地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造本町1-2

「真田丸」はここだ! 玉造地図

大阪歴史博物館が推定した真田丸跡をめぐりながらお店めぐりも。

愛用のカメラとICレコーダーです
愛用のカメラとICレコーダーです

玉造イチバンの管理人です。私は玉造で生まれ育ち、今も玉造に住んでいます。たくさんの方に玉造を知ってもらいたく、2013年2月にこのサイトを立ち上げました。玉造を盛り上げる情報を発信していきたいと思っています。