千田嘉博さんインタビュー「真田丸」最新研究(参)

 

 玉造地区の真田山には、真田丸の痕跡がなにひとつ残されておらず、謎が多い砦である。そのこともあって、残念なことだが、地元での関心はイマイチ低い。 「大坂の陣400年」の今年と来年、大阪市も天王寺区もイベントを企画しているが、本格的調査をしようという案は今のところ、まったく聞かれない。 千田嘉博さんのインタビュー最後に大胆な意見が出された。

 

わからないなら発掘すればいい!

真田丸に関心をもったのは中学時代です。大坂の陣は戦国の合戦の総決算、どう攻め、どう守ったのか、お城好きにはたまらない合戦です。

 大学生になって、真田丸があったとされる場所や大坂城惣構の跡を探して歩きました。現地には手掛かりになるようなものがなく、空堀商店街の名前を見て、このあたりが空堀だったんだと想像するぐらいで、知りたいことがわからないもどかしさが残り、ちょっとがっかりして帰って来た記憶があります。

 

 説明板・案内板もないまま、住宅地の中を歩いて、真田丸の戦いを想像するのは非常に難しい。でも、世界史的に価値ある合戦です。みすみす手をこまねいて、何もしないのはあまりにもったいなすぎます。

 

たとえば、真田丸はこのあたりにあったのではないか、惣構の堀跡はここあたりに違いない、と目星をつけた場所で、ここなら掘れるという土地があれば実際発掘したらいいと思いますよ

掘るのが難しければレーダー探査という手もあります。機械をゴロゴロころがしていき、地中に電波を照射し、跳ね返ってくる電波をとらえて、地下の様子を探る探査法です。大きな堀なら位置や方向がわかります。

堀跡が見つかれば、惣構の位置も明らかになります。印でつないで、惣構の規模を歩いて体感できるようにしてはどうでしょうか。豊臣時代にはこんな離れた場所まで堀があったと、秀吉の大坂城の大きさを実感できます。こうした、現地に行かないと味わえない体験がほしいものです。

実は、古都金沢でも惣構がほとんどわからなくなっていましたが、平成17年からの発掘調査で、規模や変遷が明らかになってきました。そして、一部復元し、見学できるように整備している最中です。大阪もやれば、できます。

 

熊本城や福岡城では、タブレットやスマートフォンを利用してバーチャル・リアリティー(人工現実感)で往時の城を体感できるようにしています。散策しながら、城があったとされる場所でタブレットをかざすと、画面にフルCGで城郭が写しだされ、お城があった時代の風景が楽しめます。

現場に何も残っていない真田丸の場合、この方法、なかなかいいと思います。

再現CGさえあれば、このバーチャル・リアリティー、結構簡単に作れます。去年、NHK歴史秘話ヒストリアでつくった真田丸CGという素晴らしい素材があるわけですから、NHKの協力さえ得られれば、そう難しくありません。

 

ほかにも、真田丸があった場所に、砦の一部を復元してみる、といったことも考えられます。たとえば、塀と櫓のユニットをひとつ作るとか。それを、みんなで協力して、木を切り、組み立てれば、これ、実験考古学です。実際につくってみれば、砦の大きさを考える手がかりが出てくるかもしれません。どうです、おもしろそうだと思いませんか。

こうした取り組みは話題性があります。NHK大河ドラマ「真田丸」で砦をつくるときのお手本になるかもしれませんよ。

 

行政の協力が必要となってくるでしょうが、今年、来年は大坂の陣400年、再来年にはNHK大河ドラマ「真田丸」が始まるなど、追い風が吹いています。今このときにこそ、官民が協力して、真田丸や惣構を深く掘り下げ調査していくべきだと思います。

 

2014627日取材

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玉造の最寄駅

JR環状線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造元町1-40

地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造本町1-2

「真田丸」はここだ! 玉造地図

大阪歴史博物館が推定した真田丸跡をめぐりながらお店めぐりも。

愛用のカメラとICレコーダーです
愛用のカメラとICレコーダーです

玉造イチバンの管理人です。私は玉造で生まれ育ち、今も玉造に住んでいます。たくさんの方に玉造を知ってもらいたく、2013年2月にこのサイトを立ち上げました。玉造を盛り上げる情報を発信していきたいと思っています。