鎌八幡円珠庵ご住職に聞く「大坂冬の陣」

鎌八幡円珠庵
鎌八幡円珠庵

写真の「木と鎌」「鎌」は大阪歴史博物館に協力出品されたもの。

門前には「悪縁を断つ寺」の大きな看板が。


 

 JR玉造駅から南へ、真田山と呼ばれる一帯の一番高い場所に「円珠庵(えんじゅあん)」がある。

ずっと昔からこの場所に大きなエノキの霊木があり、信仰を集めていた。鎌八幡(かまはちまん)大菩薩を宿すこのご神木に、真田幸村が戦勝を祈願すると、見事に「大坂冬の陣」で勝利。鎌八幡の信仰は、より一層広がった。

 江戸時代には、真言宗の高僧であり国文学者でもあった契沖(けいちゅう)がここに円珠庵を開き、鎌八幡を深く信仰した。この頃から円珠庵は「祈祷寺」として広く信仰を集めるようになる。

 喜多妙光さんは、円珠庵始まって以来、約330年の歴史の中で、初めての女性住職。寺に伝わる「大坂冬の陣」のお話をお聞きした。

 

 

「真田丸」は円珠庵から三光神社まで続く 

広い陣場であった

 

大坂に4つの山がありました。北から石山・姫山・茶臼山・帝塚山。戦国時代、山のてっぺんに城や砦を置くのは戦略的に当然のこと。石山には大坂城があり、姫山、今は真田山と言っていますが、「大坂冬の陣」のときには真田幸村の出城“真田丸”がありました。そして茶臼山には冬の陣では徳川軍、夏の陣では真田幸村が陣を構えました。

 

姫山のてっぺん近くにエノキが立っていました。どんどん大きくなり、遠くを見渡す物見の木として堂々とした姿を見せていました。霊験があったため霊木とあがめられたのか、それとも神格化され霊木となったのか、定かではありませんが、たくさんの人がこの木に集まり信仰していました。

 

その姫山に真田丸が造られ、鎌八幡のご神木は陣所の中に取り込まれます。

 真田丸は、南は高津高校のあたり、西の端が円珠庵、東にある三光神社までずっと続く、大きくて広い陣場です。

 えっ、真田丸は明星高校のあたりに造られたのではなかったか、ですって? そんな狭いものではありません。2千人とも5千人ともいわれる大軍の兵がいた砦なんですよ。このあたり一帯を含む広い敷地であったのは間違いありません。

実は、ご神木の西側から寺の北側まで、長い石垣があります。円珠庵は大正11年、大阪市で初めて国宝及び国の史跡に認定され、そのときに文部省が境内全域を調べました。その調査によれば、この石垣は円珠庵ができる前、元禄時代以前からここにあったとされています。

陸軍墓地や三光神社のあたりにも高い石垣があり、高津高校のところも石垣なんですよ。真田丸の場所を示す証拠だと、わたしは聞いております。えっ、だれから聞いたのか、ですって、この寺に代々語り継がれてきた伝承です。

石垣の上に今は塀がある
石垣の上に今は塀がある

 

「大坂冬の陣」の言い伝え 

幸村公はお礼に祠を建て替えた

 

 ところで、真田丸を、今の知識でイメージしてはいけません。昔の出城です。野菜や米を運びこんだり、排泄物を外へ出したりするのに、民間の人も自由に出入りしていたはず。そんな中にまじって、鎌八幡の霊木を慕う人々が陣所に入り、手を合わせていた。それを見た幸村が「なぜ信仰しているのか」と聞くと、みんなが「お力のあるご神木なので」と言うので、「それではわたしも祈願しましょう」と、鎌を打ち込んで必勝を祈願した。すると、大いに戦勝をあげたため、幸村はお礼の思いをこめ、くずれかけていた祠をきれいにして、大きく建て替えた。これが、「大坂冬の陣」について寺で言い伝えられてきた話です。

大阪歴史博物館から
大阪歴史博物館から

 ご神木に鎌を打つという行為は幸村が始めたのではありません。円珠庵では鎌を打って、今は「悪縁断ち」を祈願していますが、能登では豊作を祈願するのに、木に鎌を打つそうですし、長野の諏訪大社にも木に鎌を打ち込む行為のある神事があります。

神木に鎌を打つのは、神様に祈る神事の中の作法なのです。日本古来からの作法で、幸村もそれにならって行ったわけです。

中には「木がかわいそう」と言う人がありますが、これははなはだ見当違いです。


 

国宝の庵を戦災で焼失 

ご神木はみごとに蘇生

円珠庵は昭和20年の大阪大空襲で、国宝であった萱葺きの庵をはじめ、境内の大部分を失いました。ご神木も被害をうけたため、焼けただれた幹を切り落とし、根元から生えていた新しい芽、ひこばえを残しました。根っこの部分は元来のままですが、上の部分は戦後の木です。年々育ち、見事に蘇生しました。

鎌八幡の戦後の木
寺の外側から見たご神木

1955年

天王寺区創立30周年記念事業委員会発行「天王寺区市」から

戦前の鎌八幡


 

「大坂の陣400年」

静かに参拝願いたい

 

 さて、来年は「大坂冬の陣」から400年。史跡めぐりのひとつとして円珠庵に来られる方もあるでしょう。その方々にお願いがあります。

 円珠庵は「悪縁を絶つ鎌八幡」の寺として今は信仰を集めています。お参りなさっている方々は、悪い縁を切りたいと、すがる思いで来られている方ばかりです。

観光気分で来られた方が、ご神木や絵馬を写真に撮ったり、参拝している方をじろじろ眺めたり、境内でお茶やお弁当を無遠慮に飲んだり食べたりするのは、寺としては許しがたいものがあります。

門前に「境内は撮影禁止。無断で撮影すると機材を没収します」と厳しい文言を書いているのも、不快な光景を私が直接見たからなんです。

境内に入られるのなら、どうぞ節度をわきまえ、静かにお参りくださるようお願いします。

 


(2013年711日取材)

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鎌八幡円珠庵

大阪市天王寺区空清町4-2

Tel 06-6761-3691

JR玉造駅を西へ。明星高校前の坂を上りきった餌差(えさし)交差点の北西角。


玉造の最寄駅

JR環状線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造元町1-40

地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造本町1-2

「真田丸」はここだ! 玉造地図

大阪歴史博物館が推定した真田丸跡をめぐりながらお店めぐりも。

愛用のカメラとICレコーダーです
愛用のカメラとICレコーダーです

玉造イチバンの管理人です。私は玉造で生まれ育ち、今も玉造に住んでいます。たくさんの方に玉造を知ってもらいたく、2013年2月にこのサイトを立ち上げました。玉造を盛り上げる情報を発信していきたいと思っています。