三光神社「真田まつり」2016年レポート

 11月第1日曜に行なわれている三光神社の「真田まつり」。真田幸村公の勝利を讃えるおまつりであり、同時に1年に1度、〝真田の抜け穴″の鍵を開け、扉を開くときでもある。

 

 大河ドラマ「真田丸」放映の記念すべき年である今年は11月6日に開催。玉造駅近辺に「真田まつり」のチラシがあちらこちらに貼られていたこともあり、当日は地元住人がたくさんやって来た。また、大阪近辺のみならず、東京、横浜、名古屋から、岡山、長崎からと、遠方からも多数押しかけ、境内は人、人、人…で埋め尽くされ、終日、活気のあるにぎわいに湧き立った。

 

 折しも11月6日(日)放送の大河ドラマのタイトルは「築城」。大坂城の南側を守るため出城「真田丸」を築城しようと幸村が奮闘するという、ドラマ展開とおまつり日とがぴったり合致した。

「ねぶた 真田幸村 大坂の陣」除幕式

 2016年「真田まつり」最大の目玉は、三光神社に寄贈された「ねぶた 真田幸村 大坂の陣」除幕式である。9時半から本殿前で関係者が集まり、執り行われた。

 三光神社からは宮司である小田禮五郎さんと、禰宜の小田光司さん、小田則弥さんが。

 関係者を代表して、三光神社氏子総代会の会長、小段(こだん)昇さん、真田山連合振興町会の会長、竹田善彦さん。

 そして、中央の席には、ねぶたを寄贈した株式会社商工組合中央金庫・船場支店の支店長、小川健夫さんが、その隣には次長の首藤由貴夫さんと幸村隆之さんが並んだ。

 最初に、修祓(しゅばつ)の儀が行われ、大幣(おおぬさ)を使って、参列者を祓い清めた。 そして除幕の儀

 小段さん、竹田さん、小川さんの三名が除幕の綱を引くと、堂々たるねぶたが現れた。点灯によって光り輝く幸村公が大きな拍手に包まれた。

にらみをきかせた、威風堂々の幸村公

 左手に槍、右手を広げ、足を大きく踏み出し、ぐっとにらんだその顔は、歌舞伎の「見得(みえ)」を思わせ、ダイナミックだ。徳川の大軍をものともしない、威風堂々の姿。

 高さは1.4m、横幅2.4m、奥行き1.2m。

 陣羽織には真田の家紋・結び雁金が、首元と手には玉造を象徴する勾玉が描かれている。「真田丸」で幸村公は勝利した。玉造こそ勝利の地であるという証の模様だ。

魂を入れ、祝詞を奏上

 熱い視線がねぶたに集まる中、清祓(きよばらい)の儀が始まった。

 切麻(きりぬさ)をまいて、社殿を清めたのち、降神(こうしん)の儀。宮司さん禰宜さんの三人がねぶたの前に立ち、神様を迎え、幸村公ねぶたに魂を入れる。

 そして、宮司が祝詞(のりと)を神さまに奏上する祝詞奏上。幸村公の出自に始まり、秀頼公に呼ばれ大坂城に入り、地下に暗道を掘って真田丸を築き、天下に名声をとどろかせたこと。そして400年以上が経った今、寄贈があり、今からは守り神として鎮座する旨が述べられた。

 最後に、参列者が榊を神前に供える玉串奉典(たまぐしほうてん)で、祭儀が終了した。

幸村公ねぶたを地域のシンボルに

小段会長
小段会長
竹田会長
竹田会長
小川支店長
小川支店長

 参列者あいさつがあり、ねぶた寄贈の経緯も語られた。

 三光神社氏子総代会・小段会長「寄贈いただいた商工中金の船場支店さまのおかげで立派なねぶたができました。三光神社には抜け穴と幸村公の銅像がありますが、ねぶたが加わることで、見ていただけるものが増え、お世話するものとしてはありがたく思っています」  

 

 真田山連合振興町会・竹田会長「幸村公のねぶたを作る話が出ていたが、相当な費用がかかるため、あきらめていました。そこへ、商工中金さまからスポンサーの申し出があり、真田山連合振興町会が制作する形で実現しました。このねぶたを三光神社のみならず真田山地域のシンボルにしていきたい」

 

 商工組合中央金庫船場支店・小川支店長「私どもは政府系の金融機関で、中小企業に事業資金の融資を主に行なっています。今年創立80周年、各支店が地域に貢献できる事業に取り組んでいます。船場支店では真田山連合振興町会さまと連携して、ねぶたを作ると決定しました。今夜のNHK大河ドラマでは真田丸が築城され、クライマックスへと向かいます。400年前に真田丸が築かれた、まさにこの地で、しかも真田まつりの日に、我々が参加させていただけたことを非常に感慨深く思っています」

 

 小川支店長に、このあと聞いたところによれば、船場支店は80周年事業として「真田丸」をキーワードに、支援できる取り組みを探していたそうだ。三光神社に聞き取り調査に来たときに、ねぶたの話を聞いて、支援を決めたと言う。

制作裏話、裏に秘密あり!幸が授かる!

 ねぶたを制作したのは、看板やディスプレイを手掛ける会社「カムソン・アート」の吉本裕司さん。富岡さんが手伝いに入り、ふたりで約1カ月半かけてつくった。

(吉本さん<写真左>、隣が富岡さん)


 「針金で骨組みをつくっていくのですが、思うような形にならず、何度もやり直しました」と富岡さんが言えば、

 吉本さんは「最も頭を悩ませたのが、色つけ。個性的でインパクトのある色を考えて考えて…。そして、もうひとつ苦労したのが顔。りりしくドラマチックに仕上げたいと、試作を繰り返しました」と打ち明ける。

 

 実は、陣羽織の背中には、幸村公の「幸(ゆき)、しあわせ」という漢字がひと文字書かれている。三光神社に訪れる多くの方たちに「幸(さち)」がありますようにという思いがこめられているのである。 

 

 「幸村公ねぶた」は本殿前にずっと置き、日没から夜8時まで灯りをともす予定だ。夜こそが、ねぶたの真骨頂。光を放って輝く幸村公をぜひ見てほしい。

「抜け穴開放」に長い列

 通年行なっているのが抜け穴開放と、子ども甲冑体験会、オカリナ演奏。今年はこれに演奏会やイベントが加わり、華やかなまつりになった。

 

 10時からスタートした「抜け穴開放」に長い行列ができた。「壁の両側が石組みになっている」「思っていたより狭かった」と熱のこもった感想があちらこちらから聞こえてきた。

 

 舞台イベントとして、オープニングは迫力満点の和太鼓。続いて天王寺フィルハーモニーが「真田丸」のテーマソングを演奏。忍者ショー、オカリナ、地元の婦人部の踊りなど多彩なプログラムが繰り広げられた。

 また、子どもたちが無料で甲冑が試着できる体験会にも、たくさんの親子が並んだ。

 フランクフルトやたこ焼き、水餃子などの模擬店も盛況であった。

幸村ロードも活気

 玉造イチバンでは、真田まつりのこの日、玉造駅前の幸村ロードで「真田丸なりきり撮影会」を行なったが、おそらく、幸村ロードは今年一番の人出であったろう。観光客らしき人たちがひっきりなしに行き交った。

 撮影会には幸村ファンが集まり、5組待ちの時間帯もあったほど。親子で参加くださった家族が何組もあり、「真田丸」人気を実感した。


玉造「真田丸」、来年からが勝負!

 大河ドラマ「真田丸」の放映によって、全国の人たちに知れ渡った。真田幸村が築いた出城「真田丸」は玉造にあったということを

 

 2016年は玉造の「真田丸」元年である。今年のにぎわいをこれからもずっと続けていくためには、知恵を集め、玉造全体のまつりに進化させていくべきだと思う。信州上田や九度山が町をあげて真田まつりを行なっているように、玉造もまた、観光客を呼び集められる、大きなまつりにしていきたい。これは今後の課題といえるだろう。

 (2016年11月8日)

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真田まつりとは? 詳しい記事はこちら

抜け穴開放の儀式 2013「真田まつり」レポート こちら

真田幸村公の銅像はだれが手本? 記事はこちら

玉造の最寄駅

JR環状線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造元町1-40

地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造本町1-2

「真田丸」はここだ! 玉造地図

大阪歴史博物館が推定した真田丸跡をめぐりながらお店めぐりも。

愛用のカメラとICレコーダーです
愛用のカメラとICレコーダーです

玉造イチバンの管理人です。私は玉造で生まれ育ち、今も玉造に住んでいます。たくさんの方に玉造を知ってもらいたく、2013年2月にこのサイトを立ち上げました。玉造を盛り上げる情報を発信していきたいと思っています。