「真田幸村ウオークラリー」三光神社おもてなし

 2015年10月の第1日曜と第2日曜、第3日曜の3回コースで天王寺区が「真田幸村ウオークラリー」を開催。3回すべて参加すると、第4日曜に行なわれる「天王寺 幸村博」で表彰される。

 第1回の真田山・味原コースは三光神社と心眼寺、鎌八幡をめぐるルート。途中、三光神社で、地元の人たちがおもてなしを。写真で紹介しよう。



真田山公園から出発、ぐるり巡って戻るコース

三光神社でおもてなし

玉造日之出通商店街オカダヤ前にはスタンプの押印を待つ列がずらり。


オカダヤ前で第1問のクイズ。

「真田幸村が活躍したのはどちらでしょうか」

1)大坂夏の陣

2)大坂冬の陣

ヒント)真田丸の戦いは1614年12月4日。


道の要所には方向指示が。それに従って進んでいくと三光神社。


三光神社境内ではお茶サービスや屋台、舞台では様々な催しが




本殿前に「顔ハメ看板」。地元で活躍する「カムソン・アート」吉本裕司(ひろし)さんが作製したものです。吉本さんの工房には斬新なアートのオブジェがいくつも!


顔をはめていただきました。

佐助は吉村さん自身、幸村は天王寺区長の水谷翔太さん。

ポップコーンのカップには吉村さん作の完成形が。幸村は役所広司に似た風貌です。



幸村登場!「髭を蓄え、この日に備えておった」

この日の主役はやっぱりこの方。

三光神社が所有する鎧・兜を身に着けて幸村役を。

「なかなか似合っておるぞ」、うしろから声が聞こえてきそう。



本殿前がスタンプポイント。ここで第2問クイズ。

「玉造という地名の由来は、玉を作っていたからである」○か×か

ヒント)字のとおりです。

クイズに頭を悩ませる親子連れ。お二人は奈良から来たそうです。

答えを見守る宮司さん。



舞台では様々な催しが

境内の舞台ではトークショーやイケメンコンテスト、民謡・フォークダンスなど、バラエティ豊かな演目が行われました。



三光神社を出たら

心眼寺・鎌八幡・産湯稲荷へ

真田幸村と大助を弔うために建てられた心眼寺。昨年、幸村のお墓がつくられました。


真田丸での戦いを前に、幸村がご神木に祈願の鎌を打ったという言い伝えが鎌八幡に残っています。


産湯稲荷(うぶゆいなり)神社


産湯稲荷神社にも「真田の抜け穴」伝説


 井戸の中の左側が「抜け穴」だと、NHK歴史ヒストリアで同神社の宮司さんが語っておられました。しかし、三光神社の宮司さんは常々「産湯稲荷さんにも抜け穴があったのに、道路拡張のため埋められてしまった」と言われています。抜け穴は2つあったのでしょうか。

 

大阪明星学園に来年「真田丸を顕彰する碑」を

 真田丸はどこにあったか? 地形や古地図、当時の史料などから、今の大阪明星学園のあたりにあったというのが有力説。天王寺区役所は大阪明星学園の協力を得て、来年2月、同校の外側に「真田丸を顕彰する碑」を設置します。心眼寺坂に沿った同校テニスコート外側にその告知が貼られています。(詳しい記事は「真田丸の場所はここだ」

心眼寺坂からテニスコートが見える
心眼寺坂からテニスコートが見える
坂道をはさんで心眼寺がある
坂道をはさんで心眼寺がある


今回の「真田幸村ウオークラリー」や「天王寺 幸村博」の講演会を企画担当した「ムーヴ」の岩田彰之さん。

岩田さんも子供時代から今に至るまでタマラー(玉造の人、私の勝手な造語です)。


玉造の最寄駅

JR環状線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造元町1-40

地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造本町1-2

「真田丸」はここだ! 玉造地図

大阪歴史博物館が推定した真田丸跡をめぐりながらお店めぐりも。

愛用のカメラとICレコーダーです
愛用のカメラとICレコーダーです

玉造イチバンの管理人です。私は玉造で生まれ育ち、今も玉造に住んでいます。たくさんの方に玉造を知ってもらいたく、2013年2月にこのサイトを立ち上げました。玉造を盛り上げる情報を発信していきたいと思っています。