細川忠興・ガラシャ生誕450年祭

上智大学創立100周年記念行事

 

ヨーロッパに広まったガラシャ物語

玉造で捧げられた祈りのミサ

 

2013年825日、日曜午後5時半から、玉造の大阪カテドラル聖マリア大聖堂で「細川ガラシャ祈念ミサ」が行われた。今年、創立100周年を迎えた上智大学が、記念行事のひとつとして企画した。大学関係者やカトリック玉造教会の関係者、それに細川家18代当主で元首相の細川護熙(もりひろ)氏と佳代子夫人も列席され、約250名がガラシャに祈りを捧げた。

 



 この日、聖マリア大聖堂前にあるガラシャ石像は白い花に包まれました。

 

 戦国武将・明智光秀の娘として生まれ、16歳のときに、同じ年の細川忠興(ただおき)の許に嫁ぎます。敵と味方がめまぐるしく入れ替わる戦国時代に生まれた運命、ガラシャは荒波に翻弄され、壮絶な38年の人生を送ることになります。

 

 ミサは入祭の歌・あわれみの賛歌で始まり、朗読や奉納の歌、平和の賛歌など、歌と祈りを捧げ、ガラシャの在りし日を偲びました。

 

 印象に残ったのは上智大学理事長の高祖敏明(こうそとしあき)神父のお話。

 今回の祈念ミサは偶然がいくつも重なって実現したものだと述べられ、そのいきさつを話されました。

 ミサのきっかけは、ヨーロッパで作曲されたガラシャのオペラを復元したので、それを上智大学創立100周年記念のひとつとして行いませんかという話が持ち込まれたことに始まります。ガラシャが洗礼を受けたのも、ヨーロッパでオペラを上演したのも、そして上智大学の設立母体も(カトリック教会の)イエズス会。奇しくも創立100周年の2013年は細川忠興・ガラシャ夫妻の生誕450年に当たる年。さらに、細川忠興の末裔である細川護熙氏と佳代子夫人が上智大学卒業生であることなど、偶然が偶然を呼んだと…。

 「ではなぜ玉造のこの教会で、825日にミサを行うことになったのか。この場所はガラシャが最期を迎えた細川邸の跡地であり、また今日825日は西暦にするとガラシャの亡くなった日、命日にあたる日なのです」と高祖神父。

 「ガラシャは自分の命を捨て、自分の命を捧げました。祈念ミサはガラシャの生き方に光を照らし、意味を与えるものです。縁が縁を呼び、今ここに招かれた私たちは、ガラシャの生き方を追体験し、自分自身に問いただしてほしい、『自分の人生の主軸は何であるのかを』」と呼びかけられました。

 

 そのあと、ソプラノ歌手、豊田喜代美さんが、復元したガラシャのオペラからアリアを独唱。教会に満ちあふれる祈りの歌。ガラシャは洗礼を受けながら、生涯一度も教会でミサを受けたことがなかったそうです。アリアの旋律の間から、ガラシャの喜びや涙が聞こえてくるようで感動のひとときでした。

 

 最後は細川護熙氏のご挨拶。

 「細川家ゆかりの場所に建つこの教会でガラシャ祈念ミサに列席でき、うれしく思っています」

 「ガラシャの当時はキリシタン禁制時代。細川家にはガラシャゆかりの品がほとんど残っていません。ガラシャが仕立てたという忠興の上着、その中に入っていたガラシャ手描きの墨絵をあしらった袱紗(ふくさ)と、忠興が亡きガラシャのために作らせたといわれる南蛮鐘。それとガラシャの手紙が4通ほど」

 「先日、小石川の東洋文庫で開かれていた展覧会で、マリー・アントワネットが亡くなる前に書いた、妹への手紙が展示されていました。マリー・アントワネットはフランス革命で処刑された王妃ですが、それを見てわたくしはびっくりしました。マリー・アントワネットの手紙には子どもの頃、ガラシャのオペラを見て、その凛とした生き様に大変感銘したと書かれていました。おそらく、自分もガラシャのように凛として死んでいきたいという趣旨であったと思われます」。ガラシャとマリー・アントワネットの思いもかけないつながりについて語られました。

 

ガラシャの引力と玉造の磁場

欧州から帰ってきたガラシャ

 

 玉造で最期を迎えたガラシャ。その生き様はたくさんの人たちを引き付けてやみません。ヨーロッパでオペラになり、長い時を経て、ガラシャのオペラは玉造に戻ってきました。強い引力を持つ女性、そして玉造には強い磁場がある。

 玉造に細川ガラシャがいたことを改めて誇りに思えた祈念ミサでした。

2013年8月25日取材)

Copyright(C)2013 copyrights.tama-tsukuri.info/AllRights Reserved 

参考記事

トピックス「細川ガラシャ祈念ミサ」

明智憲三郎さん、森の宮遺跡「謎の銅鏡」に挑む

 

玉造の最寄駅

JR環状線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造元町1-40

地下鉄長堀鶴見緑地線「玉造駅」

大阪市天王寺区玉造本町1-2

「真田丸」はここだ! 玉造地図

大阪歴史博物館が推定した真田丸跡をめぐりながらお店めぐりも。

愛用のカメラとICレコーダーです
愛用のカメラとICレコーダーです

玉造イチバンの管理人です。私は玉造で生まれ育ち、今も玉造に住んでいます。たくさんの方に玉造を知ってもらいたく、2013年2月にこのサイトを立ち上げました。玉造を盛り上げる情報を発信していきたいと思っています。